貸会場 三省塾舎

貸会場 三省塾舎

貸会場 三省塾舎 写真1
「寿草亭」と名付けられた建物。
 三省塾の教室の場は、大正の初期に立てられた町屋風の建築物です。授業以外の曜日、時間は貸スペースとして時間貸しを行っています。
 文化講座・各種教室などにお勧めです。


三省塾舎 来歴

 三省塾舎は塾主である長野享司が代々のご先祖より引き継いできた家です。

 当家は、大正の初期に立てられた数奇屋造りの和風建築物です。長野家は享保十年(1725)初代與兵衛忠雅が三条高倉の地に麻・裃商として創業し、明治以降は高級呉服を扱い、280年以上の時を越え、現在も千切屋株式会社として創業の地で営業を続けております。

貸会場 三省塾舎 写真2
和裁の教室も開かれています

 大正時代の衣笠の地は、京都の郊外で衣笠山を一望に望む風光明媚な土地柄から多くの画家が住み画室を構えました。長野仙乃助は老齢の母堂のため、空気の良い場所に別荘を建てて暮らしてもらうこと、そして陳列会などにも使用できる目的もかねて、この地に「平野別邸」を建てました。母堂の名前「寿(じゅう)」の一字をとって庭を「寿草園」建物を「寿草亭」と名付けました。当初は約700坪、和風と洋風の二つの庭園を配し、池には舟が浮かんでいたそうです。

 大正から昭和にかけて「新柄陳列会」などの催しが行われたとの記録が残っております。そのころは西大路通りもまだ整備されておらず、千本今出川に人力車を待機させ、電車を降りたお客様をここまで送り迎えをしたということです。幼稚園、小学校から遠足に来たり店員のピクニック・運動会なども行われたと聞いております。

貸会場 三省塾舎 写真3
「寿草園」と名付けられた庭

 戦争をはさんで社員も出征し、徴用にとられ商売も大変な時代がありました。戦後の食べられない時代には、貴重な書画、道具類を次々売り払ったそうです。中京の店から「蔵の中の何番の箱を出しておきなさい。」と連絡があり、「たくさん持っていかはった。」と亡き母が話しておりました。しかし商売がら着物類は大事に残していたらしいのですが、ある夜、蔵に泥棒が入り全部盗まれたそうです。亡き父は「あんないい着物や帯は、今の時代には作ろうとしても作れへん。惜しいことをした。」としきりに悔しがっておりました。

 星霜移り人は去り、いま当時の面影はしのぶべくもありませんが、老朽化が激しく、わずかに本丸ともいえるお座敷だけが残りました。現在は一部分を板張りに改修して「少林寺拳法京都衣笠道院」の道場として青少年育成の場とし、また論語を学ぶ「衣笠三省塾」の教室として活用しております。その他の時間は貸し会場として利用しております。

 長い間、ひっそりとたたずまいを維持してきましたが、もともと多くの人が出入りした場所です。今また多くの人が出入りしていただくことは商家としてはうれしいことで、きっとご先祖様もふすまの中(お仏壇)から喜んでくれていることでしょう。


設備について

貸会場 三省塾舎 写真4 貸会場 三省塾舎 写真5

広さ 約35u(約20畳)
床・板張り
ミニキッチン・トイレ
冷暖房完備
駐車場1台分有


施設使用料

時間使用料
午前の部 9時〜12時3,000円
午後の部13時〜17時3,000円
夜間の部18時〜21時3,000円
 *曜日、時間などは臨機応変に対応しますので、お気軽にご相談下さい。

  尚、政治団体、宗教団体、また営利目的の使用はお断りしております。